いづれが春蘭秋菊か



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夜更けの校庭なぞという、人通りも人の目もない
ただただ殺風景なだけじゃあなく、何かあっても頼りのない場所で。
いかにも怪しげな暴漢属性の侵入者の一団を向こうに回し、
ただただ偉そうな威容だけでのごり押しで押し通した、
どこの正義の味方もどきなフィクサーですかという蓬髪のお姉さまを筆頭に。
そのお姉さまに危害を加えんとするとは何事ぞと
牙剥く黒獣の異能も恐ろしく、軽々しく触るなと幽鬼のようにお怒りで表情凍らせていた黒狗姫といい、
銃の固め撃ちなんて何やってくれてんですかとその銃弾を素手で掴み取り、
喉奥で雷鳴もかくやのゴロゴロゴロという獣のうなりを転がしていた白雪虎ちゃんといい、
そんな白雪ちゃんに照準合わせた連中へ、アタシの可愛い子ちゃんに何をするかと
手をかざすだけでの触れもせで、瞬殺で数人一気に地べたへ叩き伏せちゃった重力使いのお姉さまといい。
制服姿のお嬢さんたち4人だけで、銃火器携帯の物騒な賊どもをお縄にした
何とも不可解で奇天烈な一夜が音もなく明けたその翌日。
一般市民の皆様方には、何の詳細も知らされないまま、
平穏だった昨日の続きでしかない、至って平和な朝であり。
最寄りの駅から連なるなだらかな坂は、
その終着点の丘の上に鎮座する女学園へと向かうのだろ、
同じ制服姿のご令嬢たちで埋められておいで。

 「おはようございます、皆様。」
 「おはようございます、お姉さま♪」

爽やかに朗らかにご挨拶を交わし合うお嬢様たちが、
厳めしい石の塀や鉄柵に囲まれた麗しの花園、
ちょっぴり古めかしい様相も荘厳な学舎へ 次々と吸い込まれてゆくのもいつもの光景。
その広々とした敷地を新緑で塗り潰す勢いで、文字通り緑滴る瑞々しい環境の下、
恭々しくも“聖”が学校のお名前に付く、由緒正しいミッション系の女学園。
他の土地に初等部から大学部まである中、
唯一、外部入学生を受け入れているがため、最も大きな規模となる “高等部”が此処なのだそうであり。
多感なお年頃だろうに、学内カーストだの派閥だのもなくの、
それはおっとりした両家の子女ばかりが
常春の陽だまりのように安寧にお過ごしな、正しく花園のような奇跡の環境で。

 そんな女子高へ、

ある日突然、それは見目麗しいお姉様が二人も転入して来て、
清楚にして品の良いお嬢様ばかりなはずの学内は、近来まれに見るほど大きに沸いたという。
しかも二人とも、お屋敷の外への通学に慣れがないと来て、お付きのメイド込みという異例の待遇。
名目上は下の学年への別口の編入だが、
授業が終われば競うようにすっ飛んできてお傍へ控えるものだから目立ってしょうがなく。
いづれが春蘭秋菊か、
いやいや白百合のような淑としたお姉さまと薔薇のように華やかなお姉さまですのよと、
他のお嬢様がたも久々の鮮烈なニュースだとあって、
寄ると触るとその話題でジュウシマツのように かしましい。

「こんな目立っちゃあ意味ないんじゃねぇか?」
「何の、私たちに関心を寄せぬ層の動きが浮かび上がって
 色々と早急に探りやすくなるのだそうだよ。」

歴史の古い学校だって聞いてたから、てっきり旧タイプのセーラー服かと思ってたら
こんな可愛らしいツーピースタイプだったとはねと。
夏服仕様は上着は無しの、
丸襟のブラウスにジャンパースカートタイプなグレーのフレアスカート、
くるりと回って裾を丸ぁるく躍らせ、
きゃあ可愛いなんて柄にもないことやって見せた太宰さんだったりし。
襟元にはスカーフタイプのリボンを結んでいて、
上半身はシンプルだが、ウエストの切り替えから裾へ向かってのスカート部分は
思いの外たっぷりと布を使っていて、ふくらはぎ近くまであるシルエットが何とも優雅。
そんなお姉さまの傍らで、

 「ボクは慣れてないのでなんか恥ずかしいですよぉ。」

日頃もスカートをはかないではないが、
もっぱらドカバキと暴れまわったり、犯人追跡だと駆け回ったりがしやすい恰好の敦嬢。
なので、実をいやぁ こうまでフェミニンな装いなのは、嬉しいより恥ずかしかったりするらしく。
コスプレさせられているような感覚になるものか、
長いスカートの膝辺りを掴んでバサバサとゆすぶっている仕草を見やり、
中也、もとえ 美也姉さまがくすすと笑う。

 「いつもは露出し放題な脚を隠しているのに恥ずかしいとは、妙なことを言うもんだねぇ。」
 「だって…中也さんはお似合いだからともかく。////////」

日頃も黒服やフォーマルな装いが多い中也嬢には慣れた格好らしく、
そうと言い返す敦にしても、
あああ、こういう格好もお似合いだステキとばかり、
見とれつつの会話は、気を抜けばお顔が蕩けそうになっている始末。
そんなやり取りを交わす二人を見やりつつ、
芥川の のすけちゃんにいたっては、

「生地が重い…。」

布面積が多いのは異能の性質上ありがたいが、
高級な制服はしっかりと詰んだ生地なため、
それがこうもたっぷりあると、
日頃まとっている戦闘用黒外套とは比較にならぬほど重いわ硬いわだそうで。
何とか養成ギプスみたいで、異能発動への勝手が違ってちょっと修正が要ったとかどうとか。
ややしょんもりと細い肩を落としているのが、いつになく素直な感情表現だなぁと、
あとの3人、微笑ましいねぇなんてこっそりお顔をほころばせており。

 「何なら、それと判らない生地で仕立て直す?」
 「い、いえそんなっ!」

治美お姉さまの助け舟へ“あわわ”と慌てるところは通常運転かも。(笑)
4人が顔を合わせているのは、今は使われてはない旧校舎内の教室の一つで、
別段、談話室などで顔を合わせて談笑と運んでいても問題はないのだが、
外部からの連絡があったのでと情報の刷り合わせを兼ねたミーティングを設けた次第。

 『内通者に嗅ぎつけられちゃあ意味がないしね。』

ただでさえ目立つ美貌の上級生二人が共に居れば注目が集まるのもしょうがなく、
それこそこの潜入大作戦の狙いじゃあるけれど。
交わすやり取りまで訊かれてしまっちゃあ不味いとあってはしょうがなく。

「存在が目立っているのは願ったり叶ったり。」
「ですが、小間使いまで連れているお嬢様っていうのはちょっと聞きませんよ?」

教室で恐る恐る、どんなお仕事しているの?とかまだ十代だってのにメイドさんって務まるの?などと、
訊かれることもなくはないと虎の子ちゃんが苦笑する。

 「まあ、休み時間はお二人の傍にいなくちゃならないって設定で随分と助かってますけれど。」

小間使いとして常に姉様がたの傍にいる、掟破りの下級生二人という設定なのは、
こういう集団の中に身を置くことに慣れがない年下二人へのフォローも兼ねているらしく。
そこは“でしょう?”と意を得たりと微笑む太宰と中也だったりするのだが、

 “それと…。”

実をいや、もう一つの理由というか事情もあったりで。
個々の能力の高さは経験値と異能込みで認めるが、
一緒に行動すれば、それが任務であれ
きっとまたぞろ喧嘩が始まったりしかねない “誰かさんたち”二人なので。
今回の依頼で求められている、
短期集中でこそりと探る内偵とか密偵作業には向いてないとみなされてもいる。
そう、今回彼女らが引き受けた事案はと言えば、

 『あの女学園に収蔵されている美術品の中に、
  早逝した天才彫刻家の作品が幾つもあってね。』

あっても不思議はない、この女学園出身の女性であり、
深窓の令嬢だったのであまり世間には出ないまま制作に励んでおられた身。
あまり体が丈夫なお人ではなかったようで、作品数も少なかったものの、
それでも渾身の作品は少しずつ世間に知られてゆき、
先日惜しまれて亡くなったその短い生涯と情熱を忘れないよと、
お友達やファンの皆様で個展を開いたところ、
WEB上でも観覧できる形式だったせいもあり、どっと知られる身となられた。
そんなお人の早期の作品とあって、市場へ出ればプレミアがつくのは必至。
しかも既に予約を取ってるブラックマーケットがあるとかで、
由々しいことよと警戒した関係筋からの依頼が武装探偵社に届いたのだが、

 『此処へ娘さんやお孫さんが通う大御所らの依頼でね。
  そんな騒動があった場所だと知られるのはちょっとよろしくないらしい。』

か弱き女生徒や文系の教員ばかりが詰める場所がらだけに荒事で脅かしたくはないだの、
もっともらしい言い回しをされてたようだが、
要は “その筋”にだけ思い知らせる格好、公けには隠密裏に事を運びたいらしく。
確かにまあ、大っぴらに警戒すると此処がそうだと餌をばらまくことになりかねぬ。
マスコミや野次馬からの薄っぺらい関心が集まるのみならず、
底辺レベルのコソ泥たちまでが一獲千金を狙って魔手を伸ばして来かねぬとあって。
なので、いっそ一番乗りした賊を搦めとり、
狙っても無駄だとそういう輩の世界へ知ろしめましょうとすることとなった。
幸いというか、女傑揃いの両組織。
公式な方面からのみならず、ちょいと怪しい市場からの懸念という格好でも依頼が重なり、
だったらと共闘を張ることとなり、
腕に覚えのある顔ぶれで、且つ、意志の疎通がいい顔ぶれに限っての参加という運びになった。

 そこでのダシに…もとえ、おとり役にと白羽の矢が立ったのが、見目麗しい二人のご令嬢。

片やはヨコハマを縁どる山際にご実家のある深窓の令嬢、知的で大人びた風貌の太宰治美様。
華族ゆかりの淑としたお姉さまで、
幼いころに大怪我を負われたため表舞台へは顔出しせぬままこのお歳になられたとか。
もう片やは、貿易商として外つ国で財を成した商社の長の跡取り娘でおいでの中原美也様。
この度は母君ゆかりの日之本での足元固めにと来日してきたばかりな身だそうで、
そんなご事情のお人ゆえ、彼女もまた知己は少なく、社交界へのデビューもまだだという話。
訊けばなるほど、それぞれなりに今の今まで誰にも知られずにおられた事情は判るものの、
ただ、どう見たってご本人たちがそりゃあもう綺羅々々しくって魅力的。
しかも、それぞれの小間遣いだという下級生がおり、
休憩時間になるとスカートの裾ひるがえし、争うように上の階まではせ参じる光景もまた目の保養で。
見苦しくはない体捌き、でもでも競争するように同じ教室へ駆けつけると、
それぞれの主人たるお姉さまの傍らへ片膝突いて畏まり、
“何なりと”と御用を待つところが何とも禁忌的で素敵…とあって。
そんな華やかな日常がいきなり飛び込んで来たがため、
日頃は割とお行儀の良いお嬢様がたが、
どこか浮ついてキャッキャとはしゃぐようになったこの数日であるらしく。

 やれ、太宰様の桜のような芍薬のような品の良い高貴な美しさはどうだ。
 いえいえ、中原様のあの宝石みたいな燦然とした煥発さが素晴らしい。
 私は太宰様の御傍づき、寡黙な龍子さまの控えめながらも凛とした佇まいが禁忌的で素敵かと。
 そうでしょうか、わたくしは中原様のメイドの敦子さまの無垢で謙虚な愛らしさが目映くて…などと。

毎日の朝昼の休憩時間のほぼすべて、教室移動のお廊下でも、お化粧室の鏡前でも、
皆様の話題は それしかないよな勢いで。

 「………。」

だがだが…事情が判った上で見やっておれば、
そんな女生徒たちの中に まるきりそっぽを向いてる顔ぶれもいる。
教員の中にもそういう傾向の者は居て、
単に関心がありませんというならともかく、
一応は視線を向けてから、周囲がこっちへ注目しまくりなのを見回してそっと場を離れたりする辺り。
何か目的があってのこと、自分への注意が向いてないなら…という行動なのが、
そちらをこそ観察している陣営にはバレバレで。

 【 連絡取り合ってる顔ぶれがいるようですね。
  中等部からの持ち上がりじゃあなく、外部からの中途入学生たちのようで、
  書道や家政科の教師の一部とこそこそ何やらやり取りし合ってたりする子が数人います。】

購買部のバイトとして潜り込んでいる谷崎さんが、
こそりとインカム式の端末で連絡を取ってきた情報によれば。
さっそくにも怪しい動きが察知され、これこれこういう素性の子らだと情報もあっさり収集出来て。
案外と簡単に片付く案件だったのかしら?なんて、
さすがは乱歩さんと張るほど聡明なお姉さま、
早々と“市警に任せてもいいレベルの代物だったんじゃあ”という分析がなされていたりするのだが、

 【 いやいや、それだと根回しとか何やかんやに手間がかかりますでしょう?】

あくまでも此処へ通うお嬢様がたに不安を抱かせぬよう、
片づけたことどころか、暗雲が掛かってたことからして気付かせないよにしたいってのが優先らしいしと、
どんだけ偏った依頼なのかという前提を改めて意識の上で均し直させて。

 【 飽きちゃったとか言って、力技で片付けるのは無しですよ?】

それやっていいのは、いよいよの解決の段だけですからねとのダメ押しをされている始末。
購買部への荷の搬入にやって来た業者に成りすました銀くんなどが、
情報とともに、新たな展開に向けての作戦レジュメや必要なツールも持ち込んでくれており。
一番に忍び込んできそうな組織に目星もついて、
だったらそやつらに犠牲になって…いやいや、
一罰百戒の対象としての誉れを受けていただきましょうぞと、
外部班によるおっかない誘導や裏工作も着々と進んでいるようで。
サクサクと届く報告に、数日で片付くみたいだねと安堵したものの、
通常の段取りで運んでおいでの仲間たちの実務から遠く離れたこちらはこちらで、
特殊な環境ならではのイレギュラーなあれこれもささやかながら起こっていたりして。

 「…おや。」

放課後を告げる鐘の音が優雅に鳴り響けば、
仮の住まいとしている女子寮へ戻る、麗しの4人組だったが、

 「え〜いっ、こんの罰当たりがぁ…っ☆」

覗き魔なのか侵入者があったと、更衣室から上がったか弱い悲鳴へ、
ついつい近かったこともあってか、そりゃあ素晴らしい反射で虎ちゃんが一気呵成な突撃をかましており。
こちらもかなり歴史のありそうな洋館仕立ての寮舎のお廊下を、随分な加速で駆け出すと、
それは勇ましくも“てぇいっ”と飛び蹴り一閃。
スマホどころじゃあない、一眼レフのカメラを抱えていた
性の悪いデバガメカメラ親父を蹴り飛ばしの踏みつけて身柄確保…出来たは良かったが。
反射的に駆けだしつつも “はっ”と現状を思い出し、
お嬢様お嬢様と大慌てで頭の中を引っ掻き回して、
せめてと、出来るだけ愛らしい、朗らかな掛け声を心掛けた。

 “おいおい敦くん。”
 “気ぃ遣う方向そっち?”

お姉さま方が内心で吹き出したのも納得の流れだったりし。
どんなに愛らしく構えたところで、やってることはチョー過激だったため、
寮母さんや舎監のおじさまが慌てて駆け付け、
現行犯の助べえ親父を警察に引き渡そうと連れ出してくださったのを見送ったものの、

「あ、あの、中島さん?」

お怪我はないですかとか、雄々しい手際が活劇俳優さんみたいとか、
色々な方向、色々な気色による
皆々様からの注目が集まったのも道理というもの。
あわわ…と明らかにキョドリ掛けたところを、

 「あらまあ、お転婆さんなんだから。」

今回の任務では、白昼 異能を発揮するのは原則ご法度。
勿論、敦も自力の蹴り技で伸したのだが、
目立ってどうすんのというお叱りというか忠告半分、
そんな敦ちゃんにうふふと悪戯っぽく笑いかけたは、
ここでは直接の知己ではない設定の 太宰治美お姉さま。

「敦子さん? 警護の方がいないとはいえ、あなたが体を張る必要はありませんのに。」
「あわわ。」

勿論のこと、軽い叱責だというのは敦ちゃんにも通じており、
面目次第もございませんと俯いて反省した様子に、そこで辞めときゃいいものを、

「相変わらず、ちょぉッとはしたないのは仕えるご主人の影響かしらね。」
「ぬあんだと、じゃねぇ。ぬあんですってぇ?」

傍に居合わせていると知っての挑発。
そしてまんまと引っ掛かった誰か様も大人げがなさすぎ、

 “あわわわわ…っ。”

あれほどやっちゃダメだと言われてた、挑発&睨み合いになりかかった
白百合と紅ばらのお姉さまたち。
ボクひとりじゃ止められないよぉと
別な意味合いから慌てかかった虎の子ちゃんへの助け舟となったのが、

「太宰様、お部屋のG退治、終了しましたが。」
「ぎゃあ、わざわざ見せて報告しなくていいったらっ!」

ビニール袋にティッシュで覆ったブツを詰めたの、余裕で提げて来た黒狗姫が
お二人の眼前へとかざしたものだから、
そこはお揃いでぎゃあとの声上げ、抱き着いて震え上がってたりもして。

 ……なんかいい勝負だ、小間使い組。(笑)

そんなこんなして、手引きしていた生徒を絞り、
ご家族に難くせつけられてたらしい背景などなど探り当て、
そういう負担を解消して差し上げるその代わり、
こっちのおとりになってもらって情報を横流しさせての、前章のドカバキ仕事。
異能も使い放題で、あっという間にお縄に出来たし、
手際もたいそう良かったので、
寮にいたお嬢様がたは言うに及ばず、宿直の先生やら職員の皆様も
警察車両が来ていたことに気づいた人はあっても、
近場で事故でもあったのかしら?とそんな解釈で済んでいる模様。
どんなおっかない事態が迫っていたか、
気づかせず、勿論近隣にも悟らせずという運びは無事に幕を閉じ、
お騒がせな綺羅星の4人組、生活の基盤が整ったのでとそれぞれに転校してゆく旨を告げたため、
またしても学内は何で何でと騒然となったらしく。
恐い想いはしなかったれど、学園の評にも傷はつかなんだけれど、
途轍もない級の台風が駆け抜けたことになったんじゃあと、
この事態というか展開の強引さを異常だと思わない自分たちもどうかと思うと
こそり胸中でつぶやいたのは果たして誰だったやら…。

 「冗談抜きに、暇つぶしの弱い者いじめとかも一切ない、奇跡みたいな学校でしたよね。」

何もスカートをちょいと摘まんでというよな仰々しいご挨拶とかは必要じゃあないし、
外部から途中入学して来た顔ぶれも、
それなり厳しい入試を受かった人らということで尊敬して対される。
競争に縁がない、なので嫉妬したって始まらない。
あえての強いて言うなら、
褒め合って広く縁を結ぶことこそ課せられておいでの身である方々ばかりなので、
先々で社交界に出た折、手掛かり足がかり、伝手になってくださるお相手を
この時期にたくさん作って来なさいと。
親御からはそういう方向で言い含められてもいるようで。

「本気で育ちがいいってお嬢様は、こういう環境でないと育たないのよ。」
「それもそれで何か作為が挟まってて素直に受け取りがたい話だがな。」

太宰嬢の言いようへ、
親御に世渡りを叩き込まれていての、温和な社交術を身に着けていただけの話かもなと、
学園にいた間は封じていた帽子を取り出し、
ぽそんと頭へ乗っけた、ヨコハマを牛耳るマフィアの五大幹部様。
短いお付き合いだった学園のご令嬢らに見送られ、
お迎えに来たという体裁の、胴の長いリムジンに同乗しているお嬢様がたで。
高級車だなんて二の次で、
キャンピングカー扱いの広い車内でそれぞれに通常モードの装いへのお着替えも済ませ、
やっとのこと ほうと息がつけたご様子で。

「あれはあれで、親心という名の防御術なんでしょうよ。」

自分たちが一生を送るところ以外の世間なんて知らずともいい、
波風立てず、年頃になったらなったで親の決めた伴侶のもとへ嫁いで、
やっぱり穏やかに暮らせばいいってことを、代々受け継いでいるのでしょうねと。
籠の中で生まれて育った特別な培養種のお嬢様たちだったの、
もう懐かしいという過去の話にしかかっているお姉さま方だったれど。

 「ですよねぇ。」

こちらも、白いブラウスにキュロットスカートといういつものいでたちに戻った敦ちゃん。
一応はトリートメントまでしていた銀髪をほりほりと掻き回しつつ、
口にしたのが、

 「ボクも のすけ…芥川も、寮や教室でかなり構われましたもの。」

てへへと気恥ずかしそうに笑う敦嬢の横で、
黒い外套に戻った のすけちゃんも感慨深げに頷いているものだから、

 「はい?」
 「い、いつの話?」

出来るだけ一緒にいたはずの自分たちが気付かない何があったのと、
太宰と中也が慌てたのも無理はなかったが、
善意からの構いつけがなかなかハードだったそうで。

 お腹空いてませんか? お膝擦りむいたんですって?
 痛そうですわね、うちの主治医お勧めの絆創膏を。
 なんて可愛らしいのかしら、時々は私どものお茶会にもおいでになってねvv…と、

「ご不浄への行き帰りに。」
「あ、ボクもだよ。」

それは自然に擦り寄って来られて、
同じ制服なのにどこへ隠し持ってたものか、
ささどうぞどうぞと差し入れをたんと手渡されたらしく。

「あとは体育の授業で着替えがあったときとかに。」
「あ…。」

案外と隙があったらしいのが今になって露見していたり。
フォローし損ねてたなんてと呆然としてしまうお姉さま方へ、
ぼろは出してませんてばと、慌てて言葉を継いで、

「お誘いが凄くて なかなかたじろいじゃいました。」

与謝野先生からの、目が笑ってない、いやさ何か座ったままなお顔での、
医務室までおいでに比べたらかわいいものですが、と
何か妙なたとえを出す虎の子ちゃんだったものの。

 “ああ、それってアタシも梶井から聞いた。”
 “それへ匹敵するお誘いって…。”

お姉さま方二人、あらためて“天然のお嬢様がた恐るべし”と思い知ったらしい一幕だった。





     〜 Fine 〜    21.05.20.〜05.24.

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 *何だか取り留めない流れになっちゃってすいません。
  学園ものも一度は書いてみたかったんですが、
  異能持ちのお人らだってのに それへつながりそうな任務って?と、
  ない頭をふり絞った結果がこんな出来でした。
  旧双黒のお二人が そりゃあ麗しくって目立つ様はあっさりと想像も出来たんですが、
  シックな制服姿で、学校のお廊下を全力疾走する新双黒ちゃんたちの図というのが
  本当にあったら楽しかろうなと…vv
  どこが怪しまれずに内偵だったのか、
  居合わせた格好のお嬢様がたは
  後にも先にもない珍事だったと一生忘れないかもです。(笑)